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「別にいいですけどね。行って話し相手するくらいで済みますから。」
慣れてしまえばそこまで居心地の悪い所じゃなかったとこの数日間を思い返した。
「嫁ちゃんあっちで何しとったん?雑用?」
「寧ろ雑用させて欲しいぐらいでしたよ。琴に三味線の稽古つけていただいて。」
「そんなもの身に付けてどんないい所に嫁ぐ気だい?」 https://www.easycorp.com.hk/en/notary
桂はいい所に嫁ぐ為の花嫁修業じゃないかと苦笑いを浮かべた。
「千賀様が小五郎さんの妻だから覚えておいて損はないって教えてくださったんです。」
ここに夫が居るんだからどこにも嫁ぐ気なんかないやいと三津は口を尖らせた。
「その顔京にいる時によく見た顔だ。」
少しずつ以前の感覚を思い出せてる気がして桂は目尻を下げた。もう少しこの幸せな空気を味わっていたいがそうもいかない多忙な男だ。
「私はこれからやる事があるからもう行くよ。夜には戻るから。」
いい子で待っててと頭を撫でた。三津はまた子供扱いしてるでしょとじっとり上目で睨んだ。
「見送りはいい。しっかり食べてなさい。九一,後は頼んだよ。」
桂が立ち上がると共に伊藤も腰を上げて何も言わずに着いて行く。三津はその場で行ってらっしゃいと声をかけて,ようやく用意してもらったおにぎりに手を伸ばした。
「三津,食べたら散歩行かん?」
「んっ!行きたひ!」
入江の誘いに口の中のご飯を慌てて飲み込んですぐさま返答した。そんなに慌てなくてもと入江は喉を鳴らして笑った。髪型のせいで本当に子供に見えてしまう。
それから二人で屯所を出た。散歩と行っても出てきたのは屯所の前の海だ。
相変わらずゴツゴツした石の多い歩きにくい浜辺だが,体勢を崩さない為,手を握り合ういい口実になる。
「たった数日やのに三津から離れたら情けないぐらい心が弱った。」
だから三津が屯所に戻って来た時はみっともないぐらい慌てて広間を飛び出していた。
「あの……歌,嬉しかったです。突き放して嫌われたと思ったから。」
でも改めて意味を考えると照れくさいねとはにかんだ。
「私も歌を詠めなんて言われるとは思わんけぇ知ってたヤツで覚えとったの記憶の底から引っ張り出したわ。」
贈った本人も少し顔を赤らめて視線を足元に落とした。
「でも三津が前より木戸さんに対して自然体になっとるの見て複雑な気分やけど安心した。
なぁ,どっかで抱かれてから帰って来たんやろ?」
「へ!?何で!?」
その反応を見て分かりやすいなぁとゲラゲラ笑った。これを見れば苛めたい気持ちがむくむく芽生える。「どこでしたん?外?」
にやにやしながら聞けば三津はつんとそっぽを向いた。これまた分かりやすいなぁと喉を鳴らした。
それから目を細めたまま,風になびく三津の髪に触れた。
「私は都合のいい男に戻る覚悟を決めんといけんね。想いが通じたし,木戸さんにも認められとるからって浮かれとったけど自分の立場を弁えんと。」
からかっていたと思えばこうして真面目な話を持ってくる。この落差久しぶりだなと三津は入江の顔を見上げた。
「私もう木戸の妻ですもんね。」
「うん,でも三津を想う気持ちは変わらん。それを今よりも忍ばせて生きるだけ。やけん,今だけは全て曝け出させて?
三津,愛してる。ずっとずっと傍で生きる。これをもうこうして伝える事はせんくなるけど,忍ばせるだけ。想いは変わらん。」
穏やかに微笑む彼の決意を三津は受け止めた。静かに頷いて微笑み返した。
「最後やけぇ許してほしい。」
入江は三津の両頬を包み込んで返事を待った。最後はしっかり互いの気持ちを確認してから臨みたい。三津は照れながら目を閉じた。
それからすぐに唇は重なり合った。角度を変えては優しく押し当ててを繰り返した。
これをこの時間を終えれば恋心はしまっておかなければならない。名残惜しい。
だけど今回で二人は痛感した。この関係での生き難さ。半端な覚悟じゃいけない事。他者と違うと言うだけでこんなにも苦しい世界になる。