確かにその通りである。
信長自身も、京で宿場としているのは主に妙覚寺であるから、心配は無用だと言っていた。
第一、信長本人にこの悪夢を伝えてあるのだから、きっと気にかけてくれているはずである。
「……そうじゃな…。上様は近く、中国攻めの為にご出陣なされるのじゃ。都に立ち寄っているようななど、あろうはずがない」
「左様でございます。そのような悠長が出来ようはずがございませぬ」
齋の局が同調して言うと、濃姫の面差しに、暖かい微笑が浮かんだ。
「…有り難う、齋。何やら気が楽になりました」
「それは何よりにございます。 今は、姫様と蘭丸殿の婚儀のを進めていかねばならぬ、大事の時でもございます。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
不可解な夢などにわれず、先に控えた上様のご出陣や、姫様のご婚礼のことだけをお考え下さいませ」
齋の局の言葉に、濃姫は黙って頷いた。
確かにもない夢よりも、目の前の現実の方がずっと大切だ。
今は夫や愛娘のことだけに集中し、悪夢のことは一日も早く忘れ去ろうと、濃姫は心の中で誓うのであった。
「──蘭丸様、こちらの布地はにございますか?」
「とても良いと思いまする」
「では、こちらの布地は?」
「それも良いと思いまする」
「まぁ。全部 “ 良い ” では、決まるものも決まりませぬ」
──翌朝。
胡蝶は自室の居間に物を広げて、自分の体にひと生地ずつ当てがいながら、良し悪しを蘭丸に判断してもらっていた。
「申し訳ございませぬ──。なれど、どの布地も本当に姫様にようお似合いで、“ 良い ” 以外に言葉が浮かばぬのです」
な面差しに、蘭丸は照れくさそうな笑みを浮かべた。
率直な相手の言葉に、胡蝶も照れたように顔をける。
「それは…嬉しゅうございますが、でも決めていただかねば。私の婚礼衣装となる布地なのですから」
胡蝶はにこやかに笑って、目前に広がる絹やれながら、まことにご自分の婚礼衣装を、姫様が手ずからお仕立てになられるのですか?」
慇懃無礼な物言いで蘭丸がねると
「ご安心下さいませ。自分で申すのも何でございますが、蘭丸様のお衣装を仕立てて以来、今まで以上に裁縫の腕も上がり、
一枚くらいならば、片手でも三日、四日もあれば縫い上げられるのですから」
胡蝶は得意気に微笑んだ。
複雑な仕立ては無理だが、着物の基本の型通りの物ならば、難なく縫い上げられるという自信があった。
すると蘭丸はくかぶりを振って
「いえ…姫様の腕を心配してのことではありませぬ。問題は、お父君たる上様のことでございます」
「父上様?」
「上様は、姫様のご婚礼衣装から道具類まで、全てご自分でおえになる算段やも知れませぬ」
ほぼ確信めいた口調で、一つの念を述べた。
「蘭丸殿の言う通りでございます」
と、胡蝶のもとへ茶を運んで来たお菜津も、同感そうにく。
「あの上様のことです、きっと都から取り寄せた豪華な十二などを、姫様にお着せになられるつもりやも知れませぬ」
お菜津が冗談まじりに告げると、胡蝶はくすくすと笑った。
「いくら父上様でもそこまではすまい」
「分かりませぬよ。衣装に関する上様の奇抜さ、派手さは、家中でも評判でございます故」
「じゃからというて、私にあのような重い装束は有り得ぬ。──見よ」
と、胡蝶は右手で、自身の左肩を触れた。