確かに遣り甲斐はあった。
だがこれでいいのか、とも思う。
足はかなり早い。
得意とするのは棒術。
並外れた身体能力を持っていた。
もう商人で賑わっている街からはすっかり離れてしまい、辺りは静まり返っている。
山崎は必死で走る。
前を見ると道端をのっそりと歩いている男がいた。
剣が強いな。
そんな歩き方をしている。
チラリと見ながらも横を走り抜けた。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
うわ…。
男の山崎でも見とれてしまう程整った顔をした男だった。
その男は相変わらず長い艶のある黒髪を揺らして歩いていた。
なんや。あの色男。
なんでこんなとこ歩いとんねん。
そう思いながらも自分が追われていることを思いだし、スピードを上げた。
色男も後から振り返った。
あいつ…。速えぇ。
うちに欲しいな。
その鋭い目はギラリと光っていた。
でも速いだけならいらないか。
気になる。追いかけようか。
いっそ斬り込んで強さを確かめようか。
あ。でも近藤さんが…。
「仕方ねぇ。戻るか」
そのまま前に顔を戻して歩く。
すると目の前から沢山のいかにもガラの悪そうな男達が走って来るのが見えた。
なんだなんだ。
今日は鬼ごっこでもしてんのか?「待てやコラぁ!殺すぞ!」
なにやら叫んでいる。それはどうやらさっきの足の速い男に向けられた言葉らしい。
再び言葉の向けられた方を見た。
さっきの男はチラリと振り返っている。
「コソコソ逃げとんちゃうぞ!」
「あれを知られた以上お前には逝ってもらわなあかんからなぁ!」
大阪は治安どころか言葉使いまで悪いのか。
先が思いやられるぜ。
その色男は江戸出身だ。
もう分かっていると思うが、土方だ。
今回は出張で来ている。
ビュンとガラの悪い男達が土方の横を通りすぎた。
本当に壬生浪士組が出来て最初なため、もう面倒くさい仕事ばかりがゴミ処理のように回ってくる。
隊士もほとんどいないため、近藤も同伴だ。
近藤はどんな面倒くさい仕事でも喜んだ。
変わり者だ。
土方はそう思っている。
しかし。なるほど。
そういうことか。あいつ追われてんだな。
面倒くせぇ。見なかったことにしよう。
とても市民を守るための団体とは考えられない思考だ。
「兄貴。あいついろいろ聞いちゃってますが、大丈夫ですか?」
聞いちゃってるって。聞こえるんだっつーの。
「…大丈夫やろ。あんな色男どっかのボンボンやって。なんもできへんわ」
──ボンボン…?
───何も…できない?
「そうですね!あははは!兄貴優しい!」
下品な笑い声を上げながら走っていく。
「おう!弱いやつには興味ないわ」
────弱いだと?
土方は目の色を変えた。
山崎は大分距離は開けたのだが、斬られた足が痛んだ。
「…っ」
路地裏に入り込み、壁に背中をついて座り込む。
痛ぇ…。
「待てや!逃げられると思っとんのかこのアホ!」
馬鹿デカい声が聞こえる。
最悪や。
逃げられると思っていた。
足が負傷さえしていなかったら。
あー。もう。
カラン…
仕方なく近くの角材を握った。
返り討ちにしたる。
でも、あの人数に勝つ自信はないなぁ…。
山崎は苦笑いした。
生憎槍や棒はない。刀は奪われていて短刀しかない。
それに対して相手は真剣を持っている。
「は…はぁ…」
荒い息が洩れる。
ザッザッザッ!
砂利を蹴る音が聞こえる。
もうすぐそこやな。
山崎は角材を杖代わりに立ち上がった。
ずきん。
「……っー!」
足を庇いながらも構える。
「兄貴!あそこの角が怪しいっす!」
「逃げ足だけは速いやっちゃなぁ。手間掛けさせよって」
「…ん?……決まりやな」
走っていた足音は次第に遅くなっていく。
なんだ?
俺なんかしくったか?
ふと足元を見る。
血が溜まっていた。
…まさか!
今まで自分が来た道を見る。
最悪や。
俺、何やってるんやろ。
気が動転してる。そこには山崎が来た道を印すように点々と血が落ちていた。
何を言っているのかわからなかった。
答えを期待している様子もない。
天空の月は、ますます欠けて三日月に近づいていく。
天に浮かぶ船のように。
『天(あま)の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ』
姫が歌を詠んだ。
意味など分からぬ――だが、あの船に乗ることが出来たら――と思った。
姫は義久の怪我には気がつかなかっただろう。
武門の意地とやらを、男の我儘とやらを許したのだろう。
あるいは、万事休したときは、あの口先で敵を丸め込んで、義久だけでも生き残ってほしいと願ったのだろうか。
自分の怪我もあって、血の匂いに鈍感になっていた。
必死に囮を志願する義久の様子を見て、おかしいと気がついた。
そしてようやく、座っている岩が血に濡れていることに気がついたのだ。
手当てもせずに黙っていることが覚悟を物語っていた。
ならば、生きた証がほしかろう。
好いたおなごの前で、足手まといになって死にたくはなかろう、と囮になることを認めたのだ。
手元に残った呪符一枚は対岸の赤松の枝に結んできた。
これで追手は分散するだろう。
そこへ、馬の蹄の音が響いてきた。上流からだ。
避ける場所などない。
手斧を構え、姫を乗せた背負子を崖に押し付けた。が、馬は五間ほど手前で、どう、と前に倒れ、そのままの勢いで谷底に落ちて行った。
岩だらけの下り道だ。
足を折ったのだろう。主も乗っていなかった。
先ほど砦を突破した馬が引き返してきた、と見るのが妥当だろう。
何かに脅えているようにも見えたが、敵の気配は感じられない。
狼にでも遭遇したのだろうか。
息を整え、体に鞭打って足を踏み出したその時、ついに、月が姿を消した。
周りの星が輝きを増したように見えた。
しかし、その星さえも厚い雲が覆っていく。
寒気が、そして漆黒の闇が、この地を支配しようとしていた。
左手の崖に手を添えながら峡谷沿いの急な峠道を進んだ。
追手の兵は、いざとなれば松明を掲げてでも追ってこよう。
だが、こちらが松明を使うことはできない。
イダテンが足を引きずっていることに耐えられなくなったのだろう。
姫が降りようとしたが、イダテンは許さなかった。
足を痛めていようが姫を歩かせるより遥かに速い。
慎重な宗我部国親のことだ。この先の郷や峠の境にも兵を置いているだろう。
少しでも追手との差を広げ、挟み撃ちを避けたかったが、状況は悪くなるばかりだ。
ようやく星が顔をのぞかせ、かすかに足元を照らしだした。
ほっとしたのもつかの間、袂が翻った。皮膚を切り裂くような寒風が砂を飛ばし、イダテンと姫を襲う。
凍てつく寒さに、胸が悲鳴をあげた。
呼吸がままらない。
足もでない。
苦痛が気力をも奪い去っていく。
時折、意識が途切れる。
明らかに限界が近づいていた。
この先を左に曲がると藪がある。
国親らが砦の材木を置いていた場所だ。
そこで一息つこう。
だが、気がついた時には、その藪の前を通り過ぎようとしていた。
何かを予見するかのように風も弱まった。
空の雲が流れ、先ほどとは向きを変えた痩せこけた月が姿を現し、イダテンと姫の姿を浮かび上がらせた。
それを待っていたかのように、禍々しい弦音が鳴った。
藪から何本もの矢が唸りをあげて襲ってきた。
「あっ」と言う姫の声が聞こえた。
「掴まっていろ」
声をかけ、一気に駆け抜けようとした。
が、眼の前に高さ二丈(※約6m)の丸太の柵がそびえ立っていた。
前後から支えた丈夫な作りだ。
常ならば――おのれだけであれば、ひと跳びで越えることができる高さである。
今とて手斧を投げ、縄を手繰れば登れぬことはない。
だが、この体では俊敏には動けまい。
後ろから姫が狙い撃ちされるだろう。
弦音から見て五人は潜んでいよう。
――逃げ切れないかもしれない。
そう思った途端に体に震えが走った。
膝が崩れそうになった。
確かにその通りである。
信長自身も、京で宿場としているのは主に妙覚寺であるから、心配は無用だと言っていた。
第一、信長本人にこの悪夢を伝えてあるのだから、きっと気にかけてくれているはずである。
「……そうじゃな…。上様は近く、中国攻めの為にご出陣なされるのじゃ。都に立ち寄っているようななど、あろうはずがない」
「左様でございます。そのような悠長が出来ようはずがございませぬ」
齋の局が同調して言うと、濃姫の面差しに、暖かい微笑が浮かんだ。
「…有り難う、齋。何やら気が楽になりました」
「それは何よりにございます。 今は、姫様と蘭丸殿の婚儀のを進めていかねばならぬ、大事の時でもございます。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
不可解な夢などにわれず、先に控えた上様のご出陣や、姫様のご婚礼のことだけをお考え下さいませ」
齋の局の言葉に、濃姫は黙って頷いた。
確かにもない夢よりも、目の前の現実の方がずっと大切だ。
今は夫や愛娘のことだけに集中し、悪夢のことは一日も早く忘れ去ろうと、濃姫は心の中で誓うのであった。
「──蘭丸様、こちらの布地はにございますか?」
「とても良いと思いまする」
「では、こちらの布地は?」
「それも良いと思いまする」
「まぁ。全部 “ 良い ” では、決まるものも決まりませぬ」
──翌朝。
胡蝶は自室の居間に物を広げて、自分の体にひと生地ずつ当てがいながら、良し悪しを蘭丸に判断してもらっていた。
「申し訳ございませぬ──。なれど、どの布地も本当に姫様にようお似合いで、“ 良い ” 以外に言葉が浮かばぬのです」
な面差しに、蘭丸は照れくさそうな笑みを浮かべた。
率直な相手の言葉に、胡蝶も照れたように顔をける。
「それは…嬉しゅうございますが、でも決めていただかねば。私の婚礼衣装となる布地なのですから」
胡蝶はにこやかに笑って、目前に広がる絹やれながら、まことにご自分の婚礼衣装を、姫様が手ずからお仕立てになられるのですか?」
慇懃無礼な物言いで蘭丸がねると
「ご安心下さいませ。自分で申すのも何でございますが、蘭丸様のお衣装を仕立てて以来、今まで以上に裁縫の腕も上がり、
一枚くらいならば、片手でも三日、四日もあれば縫い上げられるのですから」
胡蝶は得意気に微笑んだ。
複雑な仕立ては無理だが、着物の基本の型通りの物ならば、難なく縫い上げられるという自信があった。
すると蘭丸はくかぶりを振って
「いえ…姫様の腕を心配してのことではありませぬ。問題は、お父君たる上様のことでございます」
「父上様?」
「上様は、姫様のご婚礼衣装から道具類まで、全てご自分でおえになる算段やも知れませぬ」
ほぼ確信めいた口調で、一つの念を述べた。
「蘭丸殿の言う通りでございます」
と、胡蝶のもとへ茶を運んで来たお菜津も、同感そうにく。
「あの上様のことです、きっと都から取り寄せた豪華な十二などを、姫様にお着せになられるつもりやも知れませぬ」
お菜津が冗談まじりに告げると、胡蝶はくすくすと笑った。
「いくら父上様でもそこまではすまい」
「分かりませぬよ。衣装に関する上様の奇抜さ、派手さは、家中でも評判でございます故」
「じゃからというて、私にあのような重い装束は有り得ぬ。──見よ」
と、胡蝶は右手で、自身の左肩を触れた。
美濃の為に何一つ尽力出来ず、父の期待にも応えられなかった事を、濃姫は内心申し訳なく思っていた。
しかし、後悔の念などはまるでなかった。
自分ただ、道三から短刀を賜った折の『 父上様を刺す刀になるやも 』という宣言通り、この刀で父を刺しただけである。
鞘を抜かずして、道三の心をひと衝(つ)きにしてみせたのだ。
自賛こそすれ、いったい何を悔いる事があろうか?Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
──これで良かったのだ。察しの良い父上様のこと、きっと分かってくれていよう。
濃姫は自分に言い聞かせるように、何度も心の中で呟いた。
「……何じゃ、まだ寝ておらなんだのか」
ふいに信長の身体が大きく動き、その寝惚け眼が、布団の上で端座する妻の面差しを捕らえた。
「如何した? このような夜更けに。それも左様な物を握り締めて」
「…いえ、別に」
陰りのある微笑を浮かべつつ、濃姫が朴訥(ぼくとつ)に告げると
「よもや今更になって、儂の寝首を掻こうと算段致しておったのではあるまいな?」
信長は悪戯っぽく笑った。
姫の頬が静かに緩む。
「そんなつもりは毛頭ございませぬ。ここで殿を殺めてしもうたら、あなた様の天下統一を見届ける私の夢が叶わなくなってしまいます故」
「では、儂はとうぶん生きていられる訳じゃな」
「ええ。ご安堵なされませ」
濃姫と信長の小さな笑い声が重なった。
その細く白い指先を軽く口元に添えながら、暫し、娘らしい華やかな笑みを溢していた濃姫だったが、
ふと我に返ったように真顔になると、手にしていた短刀を枕元に置き、肩で小さく息を吐(つ)いた。
「……本当に大した事ではないのですが、この短刀を見ていたら父上様の事や美濃の事などを、つい色々と考えてしまって。
これまで散々、殿のお味方だの、美濃を捨てる覚悟だの、偉そうなことを言って参りましたのに、
結局 私の中にはまだ故郷を捨てるに捨て切れない“帰蝶”だった頃の自分がいるのです。……不謹慎と思われるやも知れませぬが」
懺悔のような濃姫の告白に、信長は軽く首を振った。
「それしきの事で不謹慎になるのならば、近隣諸国の大名らを打ち倒し、この日の本を我が物にしようと策を弄している儂などは、不謹慎の固まりよ」
「殿…」
「それに儂は、そなたに美濃を捨てよなどと言うた覚えはない。そうであろう?」
濃姫は目で頷いた。
「決意したのは、誰あろうそなた自身。己で決めた事ならば、それを変えるも貫くもそなたの自由じゃ」
「されど、いくら敵国から嫁いだ花嫁が間者の役割を担っているとは申せ、
未練がましく、いつまでも故郷に思いを馳せているなど──殿に対し奉り、不忠になるのではないかと…」
「ほれ、また、左様な可愛げのないことを申しおって」
言いつつ、信長は素早く上半身を起こすと、濃姫の両肩にそっと手を置き、彼女の狭い額に自分の額をコツンとくっ付けた。
「そなたの儂への忠節は、美濃や親父殿を思い出したくらいで消え失せるほど儚きものであったのか?」
「…まさか!そのような事は決してございませぬ」
そう思われたくないと本気で思ったのか、濃姫が必死の形相で叫ぶと
「ならば左様な懸念は不要じゃ。此度、蝮の親父殿はこの信長の真の同盟相手となって下された。
そんな親父殿を、そなたは娘として慕い、敬い続けようと言うのじゃ──大いに結構な話ではないか!」
「さ、されど」
「自惚(うぬぼ)れるでないぞ濃。そなたがこうして儂と寄り添うていられるのは、
そなたが儂を信じているからではない。儂がそなたを信じているからだ」
信長の真っ直ぐな視線の矢が、濃姫の双眼を突き抜けて、胸の奥深くに射(う)ち当たった。
「はい。皆もそう申しております故」
「直に自分の目で確かめた訳でもないのに、そなたは皆の言葉をそのまま信じるのか?」
「それは…」
「私はな、殿が毎日遊んでいるだけのようには、思えないのです。
身に帯びている物、為(な)されることの一つにしろ、そこにはあのお方なりの理由があられた。
もしや日々の野駆けや山林での狩りも、https://www.easycorp.com.hk/en/notary 何かお考えがあって為さっている事やもしれぬ」
「ではもしも、何のお考えもなかった時には如何なされまする?」
三保野の問いに濃姫は力強くかぶりを振った。
「それは有り得ぬ。きっと何か理由があるはずじゃ」
「どうしてそう言い切れるのです?」
「私の夫は、うつけはうつけでも、“ただの”うつけではないからです」
姫の整った口元に、柔和な笑みが広がった。
そして翌朝の五つ刻(午前8時頃)。
「おい、飯が足らぬぞ!早ようつげ!」
「…は、はい!ただ今!」
濃姫の御座所の居間では、ガツガツと朝餉(あさげ)を食らう信長の姿があった。
三保野は給仕役となり、御櫃の中の白飯をいそいそと碗についでは信長に手渡してゆく。
「殿。そのように早食いばかりなされていては、身体に良うありませぬよ」
傍らに控えていた濃姫が軽く窘めるも、信長は飯を食らうその手を一向に休めない。
「しっかり噛んで飲み込んでおる!案ずるな!」
「いえ、そういう事ではなく」
「…おい何じゃ!…茶が出ておらぬぞ!…濃、茶を入れい!」
信長は口に飯をかきこみつつ命じた。
濃姫は嘆息を漏らしながらも、お菜津から湯飲みと給水を受け取ると
「ともかく、お食事はごゆっくり召し上がられませ。喉や胸に詰まったりしては事です故」
言いつつ湯飲みに茶を注ぎ、信長の前に差し置いた。
「何じゃ。 儂がここに飯を食いに参るようになった途端、もう妻気取りか?」
「気取っているのではなく、私は正真正銘あなた様の妻でございます」
「言うたであろう? 儂はまだそなたを妻とは認めておらぬ」
「されど濃は既に、あなた様を夫と思うておりますよ」
「そなたの勝手など知らぬ」
信長がおざなりに告げると
「……そうそう、殿。私本日は萬松寺の方へ参ります故、昼過ぎまで留守を致しまする」
濃姫はふと思い出したような口調で言った。
「は? 萬松寺?」
「ええ。ですから昼の御膳は御自室でお召し上がり下さいませ」
「飯の話は良い。何故の理由でそのような所へ参る?」
「そのような所とは…仮にも織田家の菩提寺ではございませぬか」
「訊いていることに答えよ。何故参る?」
「寺へ参るのですから無論参詣にございます。大殿様が建立なされた織田の菩提寺を、一目見ておきたいと思いまして」
「それだけか?」
「御開山である大殿様の叔父上・大雲永瑞和尚様にもご挨拶致しとうございます故」
「ふーん」
「私が参っては不都合がございますか?」
「いいや。不都合どころか殊勝な心がけじゃと思うぞ」
「畏れ入りまする」
「それが他意のなき参詣ならばな」
「…!?」
時ならぬ萬松寺参詣を不審に思っているのか、信長は冷やかに呟いた。
「ふーっ、食った食った。……昼はおらぬと申しておったな? ならば夜にまた来る故、飯と風呂の用意を頼む」
「は…はい」
姫が項垂れると、信長は刀を持って速やかに居間から出て行った。
《 何て察しの良いお方──織田信長、ますます侮れぬ 》
濃姫は焦りに顔面を強張らせながらも、“これで殿の本性を暴くのがより楽しみになった”と、
自身の足による信長の追跡調査に、更に期待を膨らませているのだった。